JOB型議論を一過性にするな!
最近、人的資源管理系を専門にされている大学の先生方と人事コンサルタント複数名が「今の“ジョブ型”議論も一過性だよね。また、成果主義の時のように日本企業は流行りに飛びついているだけで、定着しないでしょう」と話されているのを聴いた。私は、そうは思わない。そして、今回はそうしてはいけないと強く思っている。
30年間この世界でコンサルタントをやってきた私は、平成前半の成果主義と言われた時代の人事制度改革と今回令和のジョブ型議論を共に見ているが、背景が全く異なる。平成の成果主義はバブル崩壊をきっかけとしたそれまでの過去の遺産処理、即ちビジネスと関係なく上昇する人件費を止め下げることが主目的だった。表面上は成果主義という名のもとにジョブ型やコンピテンシー導入を試み、事実成果に基づく処遇を模索していたのだが、経営にとって最も重要な課題は人件費の削減だった。現場の課題や問題意識ではなく、トップダウンで押し付けた成果主義という名の人事制度改革だった。今回は違う。
ビジネス環境は、グローバル化、多様化、専門高度化、ICT化とそれによる変化のスピードが激化している。会社としてもう過去の中途半端な人事制度が限界であることに気付き、生産性を上げるべく働き方改革が模索されている中で、コロナ禍の在宅勤務が一気に動きを加速したのが今回のジョブ型議論だ。それが、必ずしもトップダウンではなく、現場でマネジメントの限界を訴える中から出てきている議論になっている。
このブログで先に書いたように(8月3日付け「メンバーシップ型?Job型?それともアカウンタビリティ型」)、日本企業人事が簡単にジョブ型人事に移行され定着するとは思わない。しかし、今回は経営や人事制度改革大好きな人事部の独り相撲ではなく、ビジネス現場が本気で変化が必要だと思っている(ただ、相変わらず変化を怖がる人が多いのも事実)ように思えるし、そう思いたい。人事の呼び名は、メンバーシップ型でもジョブ型でも、どちらでも構わない。ただ、もう横並び一線の人事はもたない。時間管理の人事ももたない。役割責任と成果を軸とした人事でないともうもたない。チャンスは平等に、しかし評価は公平にという人事が求められている。この難しい環境、この変化の激しいビジネス環境で、楽(raku)な人事ではなく、厳しくも楽しめる人事が求められている。言葉に振り回されるのではなく、今後の組織と人の関係がどうあるべきなのか、腰を据えた議論を続けて行きたい。